息子が高学年になってから、色んな友だちが遊びに来るようになった。
・「お腹空いた」と食事をせがむ子
・お茶を溢したままにして帰る子
・「今日は遊べない」と言っているのに、玄関ドアに足を挟んで家に入ろうとする子
・「帰宅時間だから帰りな」と言っても無視してゲームし続ける子
・物を盗るふりしていたずらしてくる子
どの子も個性いっぱい。
みんな違って、みんなダメ。
犬を拾った。
どこかの誰かに飼われている犬を。
23時過ぎ、ウォーキングを終えて帰宅しようとしていた時、踏切周辺でウロウロしている犬を見つけた。シェパードと思われるその犬には、首輪とリードが付いている。しかし、飼い主の姿が見えない。察するに、犬をつなげていたリードがほどけたかして外に出てしまったのだろう。
思いかけず訪れた自由を満喫しているのか、それとも不安がっているのか私にはわからないが、地面のニオイを嗅ぎながら歩いていく。
犬は踏切から離れ、国道沿いへと移動した。物陰で見えなくなったが、国道を走る車が減速しているため、おそらく犬が横断したのだろう。さすがに交通ルールまではしつけられていないようだ。
犬の動向が気になり、国道沿いに出て探してみる。反対側へと横断した犬は、近所のスーパーへと走っていっている。そのまま夜の闇に消えていくかと思ったが、明るい国道へとまた戻ってきた。
通行人や交通整理の人も、犬が一匹でいることに驚くだけで、特に何かをするわけでもない。「賢そうな犬だし、勝手に帰るだろう。夜も遅いし、もう帰らないと。そもそも犬を捕まえたとして、どうするっていうんだ。何もできないし、変に関わらないほうがいいに決まっている」
気がつくと、私は犬のリードを握っていた。
クソっ。
関わっちまった。もう責任が発生している。
「お前を今から交番に届ける」
犬にそう言う。
正直、怖かった。どれだけしつけられているのか、飼い主以外に懐くのかが分からなかったからだ。いきなり襲いかかってきてもおかしくはない。
ありがたいことに、攻撃的な素振りは一切見せなかった。車道に出ようとしたときにリードを強く引っ張っても、抵抗しない。たぶん、相当賢い。ただ、「どちら様?」といった表情で私を見ていたが……。
ここから約800m先にある交番まで犬とのお散歩だ。元気よく走り出す犬。お散歩のつもりだったが、ランニングになった。
10分もかからず交番に着いた。久方ぶりに走った私は、息を切らしながら交番の扉を叩く。誰も出てこない。
扉を開けて声を出して呼ぶと、奥から男性の警官が一人出てきた。
「犬を拾いました」
「はぁ」(まぁ、ほうけるわな)
警察と私で首輪やリードに住所が書かれていないか、チップが埋め込まれていないか探してみたが見当たらない。
「どうしたらいいですか?」
「え~~と、落とし物扱いになりまして、書類を書かないといけません。どうしますか? 書きますか? 時間かかりますよ。いいですか? 落とし物として処理していいんですね?」
警官はなぜか躊躇(ためら)いがちだった。私としては、警察に預けるという選択肢以外思いつかない。
「はい。落とし物でお願いします」
「分かりました。ただ、2週間以内に飼い主が現れなかった場合、殺処分になります。警察では飼えないので」
躊躇っていたのはこれか。
警官が続けて言う。
「もし飼い主が現れなかった場合、拾い主が引き取ることもできます。どうしますか?」
急にそんなこと言われても。そんな覚悟で拾っていないし。家族にも相談していない。とりあえず「引き取らない」とした。
てかこれって、最悪の場合、俺がこの犬を殺したってことになるの? 殺処分でもなったら、寝覚めが悪くなるじゃないか!
書類を一通り書き終え、熟考する。
「おそらく飼い主はこの犬を必死に探すだろう。見つかる可能性は高い。明日、町内放送で呼びかけよう。それでももし見つからなかったら、知り合いで飼える人を探そう。それでもダメなら、警察に電話してやっぱり自分が引き取ると伝えよう」
そうこうしているうちに、犬を運ぶ車が来た。新たに2名の警官が車から降りてきた。伏せている犬を撫でながら「おとなしい犬だね」と可愛がる。大抵はキャンキャンと吠えるそうだ。
後は任せていいだろう。私も交番を後にした。
帰宅後、妻に一部始終を話した。
驚いたことに「最悪、うちで飼おうか」と言い出した。動物嫌いでペットを飼うことにも絶対反対だったのに。正直、妻をどう説得するかが難所だと思っていた。
「珍しいな、お前がそんな事を言うなんて」
「事情が事情だしね。犬が殺されるなんて可哀想過ぎる」
飼う覚悟さえできたら、対処可能な問題だ。心も軽くなった。息子は息子で、犬を飼うことに乗り気だ。
翌日。
町内放送で犬のことを流してもらうために、犬の特徴を聞こうと警察署に電話をした。なんと、私が預けた2時間後には、飼い主のもとに戻れたらしい。私が預けた近い時間に、飼い主も警察に連絡していたそうだ。
妻に伝えたら、胸を撫で下ろしながらも、少し残念がっていた。息子もだいぶ残念がっていた。いつの間にか我が家は、犬のいる生活を楽しみにしていたようだ。
電車に乗った時、背負い鞄(リュック)を前に背負い替える人に私は好感を覚える。狭い電車内では、前に抱えたほうが占める面積は小さくなり、人の邪魔にならない。ささいなことだが、こういう一面にこそ、その人の気遣い力が表れるのだと思う。それに、電車内で他人の背負いカバンが邪魔だなと感じたことは、誰しもあるはず。こうした他人の行動を反面教師にして自らの行動に省みれているかどうかの学習能力も表れる。
⭐︎
電車での移動中に、鞄を背負った二人の青年が入ってきた。一人は乗車とともに背負い鞄を前に背負い替え、手すりを握った。善き青年だ。
もう一人はカバンをそのまま背負ったままスマホをいじりはじめ、手すりを握らなかった。出発時、電車がひどく揺れ、彼は座席に座っている人にダイブ。その時、鞄のサイドポケットからペットボトルを落とした。彼はダイブしてしまった人に謝罪してペットボトルを拾い、サイドポケットに戻した。が、半分も収まっていない。また落とすんじゃないかとヒヤヒヤして見ていた。青年の足もとを見ると靴紐がほどけている。心の中でため息が出た。ほんの1分間一見しただけだが、青年がどんな人物なのか分かった気がする。
行動やあり様に人間性が垣間見える。改めてそう思った。
下車。自分のズボンのチャックが開いていることに気づく。

こぢんまりとした居酒屋が好きだ。若干小汚いぐらいが丁度いい。
私が居酒屋好きになったのは、全国を一緒に飛び回ったKさんの影響だ。Kさんは当時30代後半だったかな。見るからに飲んだくれのおっさんだった。彼とは全国津々浦々、全都道府県を3周はしたと思う。
行く先々の夜、Kさんは必ず居酒屋に入りお酒で疲れを癒やしていた。初めての土地なのにもかかわらず、なぜかKさんの足は必ず居酒屋を探し当てる。本能的に居酒屋がどこにあるのかわかっているかのようだった。
そんな彼に付きそう形で私も一緒に飯を食べた。ビールに枝豆、刺し身に日本酒、最後はおでんに熱燗が最高だった。気がつくと私もすっかり飲んだくれになっていた。今でも居酒屋に入るたびに「Kさんといつも一緒に飲んでいたよな」としみじみ思い出す。
そんなKさんはもういない。野グソをしている最中に心臓付近の血管が切れたらしく、そのまま帰らぬ人となった。彼らしい死に方だった。
Kさんとの長い旅路で、私の舌と感性はすっかり庶民のそれになっていた。赤提灯と汚れた机と椅子、部下に説教を垂れる上司、充満する炭とタバコの臭い。今や、すべてが私にとって飯の旨さとなっている。
★
私の父は、東京の一流ホテルや高級レストランを頻繁に利用していた。そのおかげもあって、父は私にいろいろな体験をさせてくれた。回らないお寿司に高級フレンチ、同席した妻なんて、料理を一口食べて感涙する始末だった。ああそれと、美女ばかりいるクラブにも何度か連れて行ってもらい、浴びるほど酒を飲んだ。
こうした綺羅びやかな体験をさせてもらいながら、いつも感じていたのは「ここじゃないな」だった。人のおごりだからありがたく頂戴するけど、自分のお金ならこれはしないなといつも思っていた。いくらお金持ちになったとしても。
本当は父も一流のそれらにそこまで興味はなかったと思う。近場の『丸亀うどん店』の閉店を知り、肩を落としていた父が本当の姿なのだ。経営者という立場上、また若い愛人の手前上、見栄を張らなくてはいけなかったんだろう。私がお呼ばれする時も大抵は愛人付きだったし。じゃ、父は一流のそれらが嫌いだったかと言えば、そうでもない。いいカッコできた時は大変に上機嫌だった。料理も旨かったに違いない。
そんな父ももういない。二年前に亡くなって以来、当たり前だけど声も聞いていない。未だ私の人生の中に小さな穴が空いている。
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最後に、私が妻と結婚してもいいなと思ったエピソードを一つ。
私と妻(当時は彼女)は大阪リッツ・カールトンホテルで3泊4日し、それなりの贅沢をした。チェックアウトをした後、すぐに立ち寄ったのは「吉野家の牛丼」だった。
私はそこら辺の高級レストランよりも牛丼のほうが美味しいと思っている人間なので、普通に美味しく食した。さて、妻はどうだろうか。さっきまで一流と言われる料理を食べていたのだ。いきなり牛丼を出されてムッとしているだろうか。
普通に美味しそうに食べていた。それを見て、「(結婚しても)あぁ大丈夫だな」と思ったのだ。
今でも妻から唯一褒められるのは、好き嫌いがなくて何でも美味しそう食べるところだ。誰からもマナーを教えてもらえなかったけど、旨い食べ方だけは教えてもらった気がする。
ふと、起業初日を思い出した。
リスティング広告をセッティングして、いつかは入るだろう受注を待っていた。受注が明日になるのか、一週間後になるのか、はたまた一ヶ月後になるのかはわからない。なんせ、初めての市場に出す広告なのだから。
2時間後、電話が鳴った。
営業電話にしては、鼻が利く会社だと思った。先日登記を済ませたばかりなのにもう電話がかかってくるのだから。電話を取ると、リスティング広告を見た企業から仕事依頼だった。驚いて、変な敬語になった。
仕事の電話だと察して、緊張した面持ちで妻がココアを持ってきてくれた。そっと机に置ていく。「頑張って」の声が聞こえた気がした。
今日、Zoomでのコンサルティングの日だ。
クライアントとの話していると、7歳の息子が仕事部屋へ入ってきた。緊張した面持ちで、手にはコーヒーが入ったマグカップを持っている。「ありがとう」と小さく言ってマグカップを受け取る。
ふと昔感じた気持ちを思い出した。