行雲流水

エッセイ

桜吹雪

生まれ育った実家の近所に、馬を飼っているお宅があった。羊や鶏に猿も飼っており、時々、小熊を捕まえて来ていた。5歳ぐらいの私から見たら、そこはもう動物園に等しかった。そのお宅の亭主は、あっち系の人間との繋がりがあるのか、あるとき、私と弟に刺青を見せてきた。五月蠅いガキどもを黙らさせるために見せたのかもしれないが、私と弟は全く逆の反応を示した。刺青にしがみつき、「金さんだ、金さんだ!」とはしゃいだのである。

「金さん」とは、当時放送されていた時代劇「遠山の金さん」のことである。遊び人の金さんに扮(ふん)する北町奉行・遠山左衛門尉が善良な町民を苦しめる悪人を退治し、その後、町奉行所にて悪人に罪状を言い渡すのが一連のストーリー。罪状を言い渡す際に、右腕に掘られた桜吹雪の刺青を見せるのだが、このタイミングが実に絶妙で爽快だった。悪人がシラを切ったりとぼけた時、つまり、言質を取ったタイミングで右腕をめくり上げるのだ。(悪人は、自分たちを退治した金さんと遠山左衛門尉が同一人物だとこのとき初めて悟る)。実に計略的である。

「やかましぃやい! 悪党ども!! おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって! この桜吹雪に見覚えがねぇとは……言わせねえぜ!」。テレビを見ながら、「出た―、桜吹雪、もう最高だね、金さん」と心の中で叫んでいた。私の中で、時代劇と言えば、何を置いても「遠山の金さん」である。そして、「遠山の金さん」と言えば、松方弘樹である。

先般、亡くなられた俳優の松方弘樹さん。最高の演技、そして「遠山の金さん」をありがとうございました。