※旅人たか子と相棒エルメス(バイク)が立ち寄ったある国の話である。
入国を済ませたたか子は、今日宿泊する宿を探すためエルメスを走らせていた。街に入ると、何やら大きな声をあげながら行進する人たちがいた。
「戦争反対!!」 「武器反対!!」 「子供たちを戦争に巻き込むなー!!」
「このデモはなんだろうね、エルメス」
「ん~~、きっとこの国が武器を所有することを反対しているデモなんじゃないかな?」
「なるほど、そうかもしれないね」
「その通りです、旅人さんたち」
たか子の近くでデモを不機嫌そうに眺めていた青年が近づいてきた。
「彼らは、この国が武器を持つことに反対している勢力なんですよ。まったく馬鹿な人たちです。今我々の国は、隣国の脅威に晒されているというのに。武器が無ければ、隣国に蹂躙されてしまいます。お花畑も大概にして欲しいですな。そうは思いませんか、旅人さん。」
「ええ、そうですね。私も旅をしていますが、銃は必ず身に付けています。実際、何度も危ない目に遭っていますし、銃が無かったらきっと殺されていたことでしょう」
「そうでしょう、そうでしょう。武器は、戦争の抑止には絶対不可欠なんです。なんでそれが彼らには分からないかな?」
「抑止? 抑止って何のことですか?」
「ん? 武器があることで襲われなくなることですよ」
青年は怪訝そうに表情を浮かべながら答えた。
「いえ、銃があっても襲われますよ。私が今まで危機を脱してこれたのは、襲ってきた相手を撃ち殺したからです。武器は防衛にはなりますが、抑止にはなりません」
「そんなはずはない。考えてみてください。自分より強い相手に立ち向かいますか? 普通、立ち向かわないでしょう。武器を持てば相手だって迂闊に手が出せなくなる。武器は戦争を遠ざけるんですよ」
「言いたいことは分かります。あの、ちょっとお尋ねしてもいいですか。今、最も武器を持っている国はどこですか?」
「A国ですが、それが何か?」
「その国は、今まで戦争をしたことはありませんか? 今まで攻撃されたことはありませんか?」
「A国は、ここ100年間で戦争を最も経験している国だね。攻め込まれたこともある。実は何を隠そう、我が国も70年前に先制攻撃をしたことがあるんだよ。結果は、大敗でしたけどね」
「では、今2番目に武器を持っている国はどこですか? その国は戦争をしたことはありませんか?」
「C国だね。その国がやっかいなんですよ。武器の増大に比例するかのように隣国を侵略していて、その魔の手が我が国にも及びそうなんだ。実際、ちょっかい出してきているし」
「あれれ、1番と2番に武器を持っている国なのに、戦争や侵略しているんだね。全然、戦争を遠ざけてないじゃん」
エルメスは不思議そうに声を出した。
青年は語気を強めながら言った。
「旅人さんはなにかい、武器を持つことに反対なのかい?」
「いいえ、僕は別に反対ではありませんよ。ただ、“武器が抑止になる”という事実が近代の歴史上にあったのかなと。もし、武力が抑止になるのなら、武器保有国1位と2位は戦争していないわけで」
「そんなこと言ったって、武器を持つほかないだろう。無抵抗に侵略されろっていうんですか? それとも、ただ黙って降参しろって言うんですか。世界が平和になるには、世界中の国が武器を持つしかないんですよ」
青年の怒気はますます大きくなった。
「先ほども言いましたが、僕も護身用に銃を持っています。だから、武器を持つことに反対ではないんですよ。」
「ハッキリしない人ですね」
「ごめんなさい。では、僕はこれで失礼します。宿を探さなくてはいけないので」
たか子は一礼して、エルメスのエンジンを付けて走り出した。
走り出してすぐ、エルメスが話しかけてきた。
「ねぇ、たか子、話しを聞いていて思ったんだけど、武器反対派も賛成派も、都合の悪いことを見ていない点では同じなんだね」
「そうだね。反対派は、現実問題を見ていないし、賛成派は、歴史的事実を見ていない。人間誰しも、都合の悪いことには目をそむけるものなのさ。」
たか子は続けてこう言った。
「武器賛成者は、武器の持つ誘惑を甘く見過ぎているんだよ。お金が人の欲を増幅させるように、武器(力)もまた人の欲を増幅させるんだよ。それも良くない方向にね。お金や武器は、人の欲にスイッチを入れてしまうんだ。翻って、武器反対者も同じ。武器に魅入られた人間の強欲さ、剣呑さを甘く見ている」
「だから、世界から戦争がなくならないわけだね。」とエルメス
「うん。経済による格差問題も、戦争や侵略も、結局は、人類が欲望に勝てるか否かにかかっているんだ。残念ながら、それだけの理性を得るにはまだまだ時間がかかりそうだ」
「ふーーん、ずいぶんとのらりくらなんだね」
「そうかい? 人類が誕生してまだたったの数千年じゃないか。これからだよ、エルメス」
「理性を手に入れる前に、人類が滅ばなきゃいいけどね」
「痛いところ突くな、エルメス」