行雲流水

エッセイ

母との思い出

俺は母に可愛いがってもらった記憶がほとんどない。父とはキャッチボールをしたり遊園地に行ったり、よく遊んでもらった記憶がある。だが「母親との思い出は?」と訊かれると、どうしても言葉に詰まってしまう。だが、一つだけ鮮明に覚えている情景がある。それはおそらく、俺が唯一、母に抱かれてあやされている記憶だ。

それは夜中のことだった。母は俺を抱き家の外に出た。少し坂道を下ったところで、「ほら、たかあき、見てごらん。大きな花火だね」と優しく囁き、大きな火を見せてくれた。俺はなんて言ったか覚えていない。だが、確かに母は俺をあやしながら、大きな火を見せてくれた。

後で分かったのだが、母が花火と言って見せてくれた火は、父が経営するモーテルが火事で燃えている炎のことだった。

※この話はノンフィクションです。