行雲流水

エッセイ

風みたいな奴

煙草が切れたので、弟に煙草を分けてもらおうと自分の部屋から2歩先にある弟の部屋へ行った。部屋のドアを開けると、見ず知らずの男がまるで自分の部屋にいるかのような佇まいでソファーに座り、煙草を吹かしている。歳は自分と同じぐらいに見えた。
目が合うと男は、「あっ」と声を出し、少し驚いたような表情をした。それ以上に驚いたのは俺のほうだった。俺は「部屋を間違えました」と言い、一旦ドアを閉めて3秒ほど考えた。そして、もう一度ドアを開けて叫ぶように問うた。「お前は誰だ」。男はソファーから降りて姿勢を正し「あっ、正俊君のお兄さんですか? 実は僕、正俊君に拾われたんです」と返してきた。俺はまだいまいち状況が把握できない。いぶかしげな表情をしている俺を見てか、男は続けてこう言った。「実は僕、家出をしていまして、この辺をさまよっていたところ、正俊君に拾ってもらったんです」。
なんとなく状況が見えてきた。どうやら弟は家出している男を拾ってきたようだ。弟はこういう変な奴を連れてくる妙な癖がある。まぁ、せっかくなので、詳しい話を聞くことにした。

話を聞いて分かったのは、この男の名は星野と言い、歳は俺よりも一つ上ということだった。それを知っても今さら敬語を使う気はなかったし、逆に向こうが敬語を使ってくるので、俺は家出男を星野君と呼ぶことにした。ただ、あまり話が合うタイプではない事だけはすぐに分かった。
星野君と15分ほど話していると、弟が部屋に戻ってきた。手には、弟の得意なチャーハンを盛った皿がある。弟が部屋にいなかったのは星野君の晩飯を用意していたからだと察しがついた。弟にこれからどうするのかと訊いてみると、親にはバレないように数日は家で寝泊まりさせるつもりとのことだった。

俺は心配して、どこで寝るのかと星野君に尋ねた。「タンスの中で寝ます」「お前は、ドラえもんか?」と突っ込むと「いや~、そんなこと言っても何も出ませんよ」照れ笑いを浮かべながら返してきた。(つまんね~な、こいつ)。
「正俊君の親にはバレないようにしますんで、よろしくお願いします」。星野君は頭を下げた。(いや、バレるだろ普通)。

翌日、やっぱりバレた。
「正俊、あの男の人、誰なの? 何なの一体?」と、戸惑いと怒りが半々に混じった声を母はあげていた。当然の反応だ。
弟は半ば逆ギレをして、「いいんだよ。泊まるところがなくて困っているんだからさ」と怒鳴るが、「何言ってんの。早く帰ってもらいなさい」と迷惑そうに母は怒鳴り返していた。そんなやり取りが数日間続いた。星野君も内心申し訳なく思っていたのだろう。俺たちに何度も謝ってきた。

約1週間後、星野君は忽然と姿を消した。
弟に尋ねると「昨日、『そろそろ行くかもしれない』とか言ってたなぁ」。少し寂しそうな表情を浮かべながら教えてくれた。「そうか。あんまり俺と話が合わないから会話しなかったけど、もう少し話しておくべきだったな。なんだか、急に現れて急に消えて、風みたいな奴だったな」「あぁ、風みたいな奴だった」。俺と弟はそんな風に星野君を喩えて煙草を吹かした。
一時間後、弟は慌てて階段から降りてきて俺に叫んだ。「くそっ、やられた。財布から金盗られてるし! あのヤロー、次会ったらぶっ殺す」。
「風みたいな奴だったな」。俺はそう言い煙草を吹かした。
それから星野君とは、一度も会うことはなかった。

 

※この話はノンフィクションです。