行雲流水

エッセイ

男の見分け方

「私、不倫してるんです」。
騒がしい居酒屋の一角でそう打ち明けたのは、京子だった。京子は、大学を卒業してすぐに地元のA会社に就職。今年で3年目になる。遅刻や無断欠勤はなく、ハキハキとした性格で、同僚からも慕われている。だが、最近は元気が薄れ、それを心配した同じ職場の敏子と千里は京子を飲みに誘ったのだ。二人はともに50歳を超え、京子を娘のように可愛がっている。

京子が不倫を打ち明けたのは、お酒も程よく入ったころ、敏子が悩みを訪ねた時のことだった。二人とも口と目を大きくさせ、次の言葉が出せないでいた。沈黙を破ったのは、千里だった。「驚いたわ~~。京子ちゃん、急にそんなこと言い出すんだもん」「驚かせてしまってごめんなさい。相手には奥さんがいますし、私もこんな関係いけないと思いつつ、ズルズルと……。報われない恋愛をしている現実を考えると、時々、気が滅入るんです。それに罪悪感もありますし」。京子はうつむき、目を下に落とした。

敏子は手に持っていた箸を置き、体と目を京子へ向けて真剣な面持ちで諭すよう言葉を発した。「あのね、京子ちゃん。純粋な恋愛でも、苦しかったりするものよ。でも、それが不倫となるとその苦しみは倍になるの。人を好きになることに罪はないけど、関係は罪になるの。それに、誰も幸せにならないわ。……ごめんなさいね。分かっているんでしょうけど。つい、老婆心で」「いいえ、いいんです。ありがとうございます」。京子は少し涙ぐみ、頭を下げた。

張りつめた空気を和らげようと千里が話に割って入った。「ほら、私たち50過ぎているでしょ。子供たちも巣立って、嫁をもらったり、嫁に出したりしてさ。丁度、京子ちゃんは私たちの娘みたいな感じなのよ。いやね~~、歳を取ると変に心配性になっちゃって。京子ちゃんはお利口だからきっと大丈夫だって」。敏子も少し表情が和らぎ、今度は優しい面持ちで京子に語りかけた。「私はね、娘が変な男に引っかからないように、男の見分け方を教えてきたのよ。だから、ちゃんといい男を連れてきたわよ。京子ちゃんにも授けようかしら。男の見分け方を」。千里がツッコミを入れた。「いやよね、こんな時代遅れの見分け方なんて」「あれ、それどういう意味」。3人から笑いがこぼれ、それから和やかに時間が流れた。

30分後、京子の携帯電話が数回震えた。どうやらメールのようだ。京子は画面をのぞき込み、上下の唇を噛んだ。鼻でゆっくりと呼吸をしてから、申し訳なさそうに急用ができたことを伝えた。「すみません。ちょっとこれから用事が……」「あらそう。じゃ、私と敏子はまだ飲んでいるから、私たちに遠慮しないで行っていいわよ」「はい。すみません。じゃ、これ、私の分です」京子はそう言い、テーブルにお金を少し多めに置き、二人に頭を下げて足早に店を出て行った。

「きっと、彼に会うのよ」千里はささやいた。「そうみたいね」敏子はうなずきながら返した。千里はさらに小さな声でささやいた。「ねぇ、追いかけてみたら」「えっ、なんで私が?」敏子は体を大きくのけぞり、眉間にしわを寄せた。千里は捲し立てるように、口早に言った。「だって、心配でしょ。あなたの肥えた目でどんな男か見てきたらどう。ここ私が払っておくから。ささ、行った行った」少し酔いが回っているようだが、目が本気だった。「もう、こんな役やらせて」。怒っているような口調だが、敏子も実際のところは一目男を見てみたいと思っていたのだ。千里の言葉を口実に、敏子は京子の後をつけることにした。

居酒屋から1kmほど離れたデパートの前で、京子と男が会っていた。腕を組みながらホテル街へと二人は歩いていく。敏子は先回りして少し離れた物陰から二人が来るのを待った。気付かれないように敏子は男の顔を覗いた。目に映ったのは、娘婿の顔だった。