行雲流水

エッセイ

もう冬だと知った夜

広島市の歓楽街、流川。
流川を歩いていると、一人の老夫の後ろ姿が目に止まった。スーツとハットを着こなし、凛とした雰囲気を身に纏っていた。こんな人を紳士と言うのだろう。後ろ姿を見ただけで品位が伝わってくる。
 
私は興味を抱かずにはいられなかった。一体どこからあの雰囲気を漂わせるのか、一体これからどこへ行こうとするのか。私は彼が行く先を尾け、仕草や行動を観察することにした。
 
500mほど歩いただろうか。煌びやかな店が立ち並ぶ、歓楽街で最も明るい場所へと出た。彼はその中でも一際明るい店へと歩を進めた。凛とした雰囲気をそのままに、脇目も振らずその店ソープランドへ。立ち止まることなく迷うことなく真っ直ぐに。その姿は紳士そのものだった。きっと、あそこも凛としているのだろう。
 
私は立ち止まり、ひとつ息をした。息が白くなる。もう冬なのだと気づかされた、そんな夜の出来事だった。