行雲流水

エッセイ

にぼし

「にゃー」と家の外から可愛らしい声が聞こえてくる。窓を覗いてみると2匹の子猫が庭に寝転がっていた。一匹は茶と白の混色、もう一匹は全身まっ黒。私は窓を開け「おいで、おいで」と優しく呼んだ。
黒い子猫が私に気づき窓に近づいてきた。窓に手をつき「にゃー」と鳴く。あまりの可愛らしさにが身悶えする。だが、よくよく見てみると、やけに痩せている。おそらく野良のため食事にあまりありつけていないのだろう。
不憫に思い、何か食べ物をあげようと考えた。ただ、自分がここから目を離すと子猫がいなくなってしまうかもしれない。そこで、2階にいる妻に向かって「にぼし、にぼし持ってきて」とお願いした。返事がない。もう一度「にぼし、持ってきて」と叫んだ。これも返事がない。さすがに痺れを切らして大きな声で怒鳴った。「にぼし持って来いって言っているだろ!」。

 

「うるさいわね。何寝言言ってんの」。
ふと目が覚めた。あぁ、さっきの子猫は夢だったのか。「にぼしが何?」妻が横になっている私を見下げて訊ねてくる。その目は冷たく鋭かった。「にぼし……」とりあえず、そう呟いた。