行雲流水

エッセイ

そういうことか 2

「正俊、近所迷惑になるから止めなさい」。母親は迷惑そうな顔をして弟に注意をしていた。弟は「あぁ、分かったようるせえなぁ」と不機嫌そうに答えている。まぁ、いつものことだ。
弟は単車を走らせるのが好きで、毎晩のようにうるさいコールを切りながら走りに出かけていく。今まで大きな事故をしていないのが不思議なぐらいだった。帰って来ては「今日もパトカーが張ってたよ。なんでこうもタイミングよくいるのかねぇ」とぼやいていた。

俺は弟と違い単車に興味がなく、バイクを所有した事もない。自転車さえあればいいと思っていた。当然、バイク音で近所に迷惑をかけたことなど一度もない。それが弟のお陰で、俺まで近所から白い目で見られるようになった。挨拶しても返ってこない。なんだか避けられている気がしていた。これは近所に相当な迷惑をかけているなと思い、弟にはせめて近所から離れた場所でエンジンをかけるようにと注意を促した。弟は「はいはい、分かったよ」と返事をするが、改善することはなかった。

3年後。弟はバイクを完全に卒業した。社会人になり、近所はもちろん、世間に迷惑をかける行為をしなくなった。
ある日、弟が申し訳なさそうに話してきた。「あのさ、兄貴。俺、昔、バイク乗ってコール切ってたじゃん。それで、近所に迷惑かけたよな。今まで黙ってたけど、実はあれ、全部兄貴がやっていることになっているから…」。俺は何を言っているのか理解できなかった。弟は続けてこう言った。「だから、俺が近所の人に会ったときに、『いつもすみません。兄貴がバイク好きなもので、ご迷惑おかけしています』って謝っているんだよ。だから、バイク乗っているの、兄貴ってことになっているから」。

 

※この話はノンフィクションです。