行雲流水

エッセイ

私の手料理

私は、私の手料理を美味しく食べる旦那を見るのが大好きだ。毎晩、腕によりをかけて作っている。旦那も喜んでおり、お腹がぽっこりと膨れあがるまで食べてくれる。もう充分に肥えてしまい、メタボの一つの指標であるウエスト85cmはゆうに超えている。私はそんな旦那のお腹も大好きだ。

私たち夫婦は共に65歳を超え、熟年夫婦と言われる世代になった。周りでは、熟年離婚をする人達がいる。最近も友人の一人が離婚したばかりだ。私にはなぜ離婚するのかが理解できない。せっかく愛し合って一緒になったのだから、やはり最後まで添い遂げるのが夫婦と言うものだ。男は稼ぎ、女は家を守る。それでいいではないか。
離婚して手に入るのは一時的な自由だけだ。所詮、慰謝料や分けられた資産は数年で使い切ってしまい、お金の苦労をして生きていくだけ。それで本当に自由を手に入れたと言えるのだろうか。私は熟年離婚する友人たちを半ば冷ややかな目で見ている。

今晩も旦那が帰ってきた。
「今日は何かな~? あと何分で出来る」と愉しげに聞いてくる。「あと30分待ってね。その間、テレビでも見てて」。私は料理に妥協はしない。だって、旦那はいっぱい稼ぎを渡してくれるから。きっと死ぬときだってそうだ。私は誰よりも旦那の保険料を多く払っているのだから。今日も鼻歌を歌いながら料理に殺虫剤を入れる。
私は、私の手料理を美味しそうに食べる旦那を見るのが大好きだ。